私は生きている・・・(最愛の妻を亡くして僕は鬱になりました)

妻の仕事はプロの声楽家です。

普段は一般の方に歌を教えていて、

年に2~3回、オファーがあり、

単独ライブや、ハワイアンなどとコラボしたりしています。

妻にとって歌う事は、仕事であり、元気の源です。

 

もう一つ、元気になれるのが、ハワイです。

ハワイに行くと、歩くスピードは日本の2倍くらい速くなり、

食欲も、味覚障害とは思えないくらい、たくさん食べます。

 

まさしく「歌とハワイは特効薬」です。

 

この元気な妻の姿を、いつまでも見ていたくて、

僕の全ての時間を、妻のために費やしました。

 

しかし・・・

ハワイの新聞で、妻のコラムがスタートした矢先のことでした。

 

その頃の妻の手記を紹介します。

 

 

<圧迫するもの>

オリオン座流星群を、ベランダから、今か今かと、、、

真夜中に空を見上げて、流れ星に目を凝らしていた。

 

2012年10月21日 

ビルとマンションが建ち並ぶ場所ではあるが、

どこからか虫の声が聞こえてくる。

静かに秋を感じる、ちょっと贅沢な時の流れ・・・

 

ハワイはもうすぐ夜明け・・・

 

コラムの読者さん達を、1人1人想いながら、

星に願いをかける・・・

 

誰もの病気が、1日でも早く良くなり、

完治に向かいますようにと・・・

 

1時間程して部屋に戻った。

窓から冷たい風が部屋を吹き抜ける。

 

そして満足な気持ちで眠りについた。

 

この頃は、朝目覚めるとパソコンを開けるのが

日課になっていた。

何故なら、ハワイのがん友さんから、メールが届いているからであった。

 

ハワイの天気、風、鳥のさえずり、波の音・・・

プルメリアの香りまで、感じることができた。

元気が出るようにと、パワースッポトの写真も添付されていた。

 

お互いの体調を気遣いながら、

その日の出来事、食事や、お洒落の事・・・

時にはハワイと日本の医療や、補助なども語り合った。

 

そして、何よりも楽しみな出来事が控えていた。

それは12月3日からのハワイで、読者さん達に会う事であった。

ハワイでの楽しいスケジュールを考える日々の中で、

いつもの病院の検診に向かった。

 

H先生より、心臓を圧迫するゴルフボール大の腫瘍が見つかり、

危険であるため、放射線治療を勧められた。

 

11月1日、紹介状を手に、別の病院に・・・

意気消沈・・・

 

足取りは重く、不安でいっぱいであった。

 

主人と一緒に今後の説明を聞き、

「必ず、放射した箇所は小さくなります。」

の言葉に希望を持ち、治療を受ける決断をした。

 

当然、ハワイはキャンセルして、治療に専念することに・・・

 

11月5日~12月17日までの6週間。

放射は2グレイを30回、土日、祝日以外の月曜から金曜までの

通院が始まることになった。

 

重い気持ちで読者の方々に、この度の現状をメールした。

すると誰もが、

「ハワイは逃げないから・・・待ってますからね・・・」

という、優しい言葉に励まされ、

「頑張れ!」と、背中を押された気持ちになっていった・・・

 

「絶対に負けない!」と、心に強く誓った。

 

私は生きている・・・

 

 

(次回は <銀杏の葉> です。