私は生きている・・・(最愛の妻を亡くして僕は鬱になりました)

薬の副作用は怖い・・・

ましてや抗がん剤の副作用は、想像もつかない変化を身体に及ぼします。

当時の医療では「子宮平滑筋肉腫」に効果がある治療法は特に無かったので、

毎日、吐き気や倦怠感、不眠に苦しんでいる妻を見ていて、本当にこの治療方法で

大丈夫なのか、疑心暗鬼になっていました。

それでも担当医を信じて、妻の生命力を信じて、祈るしかありませんでした。

いくつかある副作用の一例を、当時の妻の手記で紹介します。

 

味覚障害

病室のベッドの引き出しから落花生を出して、パリッと割って20粒くらい食べている。

今回の私の主食であった。

3クール目の化学療法。また9日間の入院生活が始まった。

私は更に不眠、怠さ、節々の痛み、そして味覚障害

何より辛かったのは、肉や魚料理の臭い。

このため配膳の時間がくると、吐き気が増していた。

本来なら口臭予防として口の中にスプレーする、スーパークールミントをマスクに

大量に振り掛け、臭いを撹乱させていた。

だが食事の時や、面会の方の衣類に付いた臭い、特にたばこの臭いにはストレスを

感じた。

当然のごとく、私は食べられないので、食事は事前に献立表をもらい、食べられそうな時だけお願いしていた。

栄養士さんが、あまりにも食べることが出来ない私を心配して、病室に訪ねて来た。

私は真冬なのに無理なお願いをした。

「冷し素麺が食べたい。」

嬉しいことに快く受け入れてくれた。

それからは朝、昼、晩と冷し素麺が出された。

だが味覚障害の私はとんでもない食べ方をしたのだ。

ラミネートチューブのワサビを1回ごとに7~8㎝位は絞り出しては、

少しだけ食べた。

普通の人なら間違いなく鼻にツンときて、涙目になっているだろう。

味覚を失い、常に吐き気が襲う私には、この位の刺激が少しだけ食欲を

注いだ。

1クール目の抗がん剤治療が終わった頃には、なぜか天ぷらが食べたくなり、

退院して痛む身体をくの字にしながら、行きつけの天ぷら屋さんに連れて行って

もらった。

2クール目が終わる頃は、厚焼きトーストにたっぷりバターを塗って、毎日食べた。

1度はまると、1ヶ月は同じ物を毎日食べ続けた。

その結果、病人とは思えないほど、8キロも体重が増えてしまった。

副作用で嗜好が毎月のように変わり、落花生、キャラメルポップコーン、和菓子、

キムチをどっさりのせたパスタなど・・・が体調の良い日の主食だった。

それでも食前食後には、必ず吐き気止めを飲みながらであった。

担当医も「何も食べないよりはいいでしょう。」と消化器系の治療ではなかったので

許されていた。

ただ、お茶や水は苦く、渋く感じて飲めたものではなかった。

いろいろ飲み物を試してみたが、驚くことにカルピスの原液が、一番水に近い味に

感じた。

大好きなコナコーヒーが恋しかった。

バニラ、チョコレート、マカダミアキャラメル、・・・ハワイに行くと毎回、次に

行くまでの分として、20袋は買ってくる。

朝のダイニングルームに、ハワイの香りを楽しみながら飲んでいた日々が、悲しいほどに懐かしい。

残念ながら、コナコーヒーも苦く、渋くて飲めなかった。

主人はせめて香りだけでも・・・と毎日ポットに入れて持ってきてくれた。

癒やしの香りとして・・・

そんなある日、担当医が私に話があると呼びにきた。

緊張が走った・・・

 

私は生きている・・・

 

(次回は <癌友> です)